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恋愛小説『忘れたくない恋をした』5

      2016/09/09

★忘れたくない恋をした★5

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「3年越しの着地点」澤上さんの恋、大学4年生 ②

「千香子、ごめんね。会社、忙しかったよね」
新幹線の中で、微かな揺れに心地よい眠気を感じながら、外の景色見る私の顔を覗き込んで、奏太が言った。
「いいよ、大丈夫。それより、何もしなくてごめん。石川県って何があるの?金沢くらいしか有名なもの浮かばないけど…金沢って言っても、そこまで詳しくないしなぁ」
いいよ、と口では言いながら会社のことが気になっていた。新人さん、分からないことを聞く人がいなくて困っていたりしないだろうか。後輩に引き継いだ案件、大丈夫だろうか。頭の中に仕事のことがよぎって、奏太の言葉がうまく入ってこない。いま考えてみたら、私1人がいなくたって、絶対に会社は回る。いい意味でも悪い意味でも、仕事に対して思い入れが大きかった。自分の存在を、自分で過大評価していたのかもしれない。

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「大丈夫だよ、調べてあるから。ナビは任せてね。とりあえず、朝ごはん食べる時間なかったでしょ?はい、これ」
言いながら取り出したのは、タッパーにつめたお弁当。
「奏太が作ったの?こんな朝早く集合だったのに?」
「そうだよ。千香子、元気がつくように好きなものいっぱいつめといたんだよ」
嬉しそうに奏太が言う。ようやくここで私は、頭の中の職場風景を消し去り、反省する。
「ありがとう…。ちょうどすっごいお腹すいてた。一緒に食べよう」
しっかり反省した私は、奏太の作ったお弁当で満たされることから始まり、初日の金沢観光を堪能した。奏太の考えたプランは、彼が事前に買って持っていたガイドブックのおすすめコースそのものだったが、そこは目をつぶった。

 

ホテルは、旅館に近かった。大浴場からぽかぽかの体で戻ると、部屋には2枚の布団が並べてしいてあった。奏太の家に泊まる時はいつも一緒に寝ていたから、意識するほどのことでもなかったのに、2枚の布団がなんだか恥ずかしくて、わざと寝るふりをしてさっさと体に布団を掛けたところまでは覚えている。そして、私はそのまま眠ったようだった。

朝、目が覚めると、隣の布団で奏太も眠っていた。私の右手と彼の左手だけがしっかりと握られ、そこだけじっとりと汗をかいていた。

「奏太、ごめん…。私、お布団入ってから記憶がない…」
眠る奏太の横顔に声をかけると、目が開いてこちらを見た。
「おはよう、千香子。旅行前日だからって、引継ぎの仕事なるべく残さないように、会社遅くまでいたんじゃない?疲れてたんだよ、よく眠れた?」
図星だった。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめん…」
「謝ることないよ。今日もいっぱい移動するからね、もう起きられる?」

 

彼は私に、仕事が大変だと言ったこともなければ、態度に出したこともなかった。会社では頑張っていても奏太には甘えてばかりだった私のことを、頑張ってるねと奏太はいつも褒めてくれたけど、私は彼のことを褒めたことがあっただろうか。後から聞いた話だけど、奏太は優秀な営業マンだったらしい。ガツガツ働くタイプではないけれど、人柄がものを言うのだろう。成績はよく、そのことで名前は知られていたのだという。

 

それから、奏太は実家に顔を出そうと言った。記念日の旅行で奏太の実家に行くのは多少気が進まなかったが、真剣な顔で言われるので私が従う形になった。彼のご両親に会っても大丈夫そうな、よそゆきのワンピースを持ってきていたことを思い出したから、決断できたのだけど。

 

「千香子ちゃん、久しぶり。元気にしてた?」
お母様のほうは、奏太から私たちが来ることを聞いていたらしい。ケーキを買っておいたから準備すると言って、挨拶を交わしたあと、お母様は台所へはけていった。お父様は、簡単に挨拶をすると、俺はもういいと言って別の部屋にひっこんでいった。これまでも2度ほど、おうちに遊びに来たことがあったけど、いつも大体こんな流れだ。

「千香子、おじいちゃんとおばあちゃんにお線香あげにいこう」
両親がはけて、すぐに奏太に言われた。これも、いつもの流れの一部だ。隣の部屋で、お仏壇の前に2人で並んで座った。ろうそくに火をつけて、お線香を立て、手を合わせて目を閉じた。このとき、私は何を思っていたんだろう。本当に何も思い出せない。

目を開けると、奏太が両手で何かを私に差し出した。そして、言った。
「結婚してください」

 

ムードもくそもないと思った人もいるんじゃないかな。なんといっても、プロポーズがお仏壇の前だなんて。だけど、それもまっすぐで素直な彼の考えがあってのことだったの。おじいちゃん、おばあちゃんが大好きだった彼は、2人が年をとって元気がなくなってきたときに、こう約束したらしい。「結婚する子が出来たら、一番に報告するから。だから、元気でいてね」と。どんな形であれ、その約束は守られた。奏太は、そんなふうに律儀に約束を果たす人だった。

 

気づくと、私は泣き崩れていた。後から聞いた話だと、ケーキが用意できたよ、とふすまを開けたお母様も一瞬たじろぐくらい、おいおい泣いていたらしい。私が、自分のことでいっぱいいっぱいだった時間も、彼は私のことを考えてくれていた。千香子のお仕事の時間は削りたくない、無理もさせたくない。でも、千香子と一緒にいたい。だから、一緒に暮らしてほしい。俺のとこに来てください。と、泣きながら、うんうんとうなずく私に、彼は続けて言ってくれたのだった。その後に食べたケーキは、これまで味わったものの中で一番おいしく感じられた。地元のケーキ屋さんの平凡なチョコレートケーキだったけど、幸せの味がした。

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「澤上さん、ご結婚されてないですよね…?」あたしは恐る恐る聞く。
「うん、してないよ」
「それって…」
「その後、別れたって選択肢しかないよね」
「…」
にっと笑顔を作ると、彼女は一気に結末を吐き出した。

「福井から戻って、恋が愛に変われなくて終わったの。3年以内に私が結婚に踏み切れなかったから、ばちがあたったの。私が夏休み明けに会社に戻ったら、大きなプロジェクトの話が決まっていた。そのメンバーの中に、私の名前もあって。ほら、水谷さんも聞いたことあるんじゃないかな?水谷さんたちが2年目迎える直前にあったイベント。それを見たら、私、結婚をためらいだした。それまで本気の恋を知らなかったから。これが、今が、その本気の恋なんだって、その時は分からなかった。学生のとき、教授に言われた3年のジンクスの話も何もかも忘れて、彼に言ったの。ありがとう、嬉しいけど具体的に話を進めるのは、やっぱりあと半年だけ待ってほしい、って。うん、分かったよ。頑張ってね、っていつも通り笑顔で言った奏太と1週間後に別れがきた。

彼が、死んだの。

その日も、私は休日前で遅くまで会社で仕事をしてた。彼が、うちでご飯作って待っている約束だった。だけど予想以上に仕事が長引いて、ようやく片付けに入ったあたりの時間に、彼のお母様から、奏太が事故にあったって会社に電話があったの。携帯にもたくさん着信があったのに、私気が付かなくて…。病院で奏太に会った時、彼はもう既に息をしていなかった。

お葬式の日、「あたしが、かなた、なんて名前をつけたから、この子は遠くにいっちゃったんだ」ってお母様が泣き騒ぐ横で、私、一生懸命、彼が私に言った最後の言葉を思い出してみたんだけど、やっぱり「うん、分かったよ。頑張ってね」だったんだ。私、一体なにを頑張っていたんだろうね…」

澤上さんのほほに、涙がつたった。結婚しよう、と彼に言われておいおい泣いたという、かつての澤上さんではないはずだった。彼の前だから、素直に生きてこられた。彼がいなくなって、きっと彼女は、自分がどんな風に生きてきたのかもわからなくなったのだろう。澤上さんの放つ、不思議なオーラのわけがようやくわかった気がした。でも、私には何も言ってあげることができなかった。うつむいたあたしの頭には、ただ、大好きな大切な雄輔の笑顔が浮かんでいた。

 

「もう大丈夫だよ」
何も言えないあたしの代わりに、澤上さんの肩を支えるように横に立った声の主は、カフェの店員さんだった。

===============================

キレイな人だとは思っていたけど、まさかカフェでの出会いで年下の男の子までとりこにする人だったとは。カフェの店員くんは、前田貴弘くんという、あたしより年下の24歳。役者を目指している、フリーターだそうだ。澤上さんが会社上がりに残りの仕事をしたり、資格勉強をしたりするために通っていた地元のカフェで、彼が働いていて知り合ったらしい。無心にパソコンのキーを叩く彼女に惹かれて、彼が猛アピールしたのだそうだ。

驚くのは、ここから。

その彼が、自分の気持ちを本気で受け取ってくれない澤上さんに誠意を見せるべく、うちのビルでも掛け持ちで働き出したらしい。澤上さんは、ずっと「忘れられない恋がある」と断ってきたそうだが、そう言いながらも、わざわざ彼のいるカフェであたしにこんな話を打ち明けてきたところを見ると、あと一歩が踏み出せなかっただけなんだろうと思えた。

 

「すみません、お2人の話を邪魔したくはないんですが…できたら、ここから先は僕に時間を譲ってくれませんか?」
まっすぐ目を見つめてそんなことを言われたら、「あと15分でお昼休みは終わりなんですが…」なんて言えるはずがなかった。というわけで、邪魔者のあたしは15分早く職場に戻り、ふわふわとした気持ちで形だけ仕事を再開。結局、甲高い声に似合うテンションで澤上さんが戻ってきたのは、お昼休み終了時刻から20分後。課長に、戻りの遅い澤上さんのフォローをしたのはあたし。

 

こそこそと職場に戻ってきた澤上さんは、席につきあたしの肩をつんつんとつつく。
「水谷さん、ありがとう」
「いえ、あたしは何も…」
「私の話をただ、聞いてくれた。社内の人間に恋愛話したの、あの頃から1度もなくて。初めてだったの。それに…」
「その先は、言わなくていいです。顔見れば、うまくいったことなんて明らかですから。今度こそ、幸せになってください」
「…ありがとう。仕事をしている以外の面を見られるのって、本当に恥ずかしい。でも、良かった。水谷さんに声かけて、良かった。3年前に見つけられなかった恋の着地点を、ようやく見つけることができたから。そして、それが新しい恋の始まり」
「今度は、愛にしてくださいね。いえ…しましょうね、お互いに」

 

今日の出来事を、早く雄輔に伝えたいな。あたしたちの恋は、もう愛に向かってるところだよね。

関連:恋愛小説『忘れたくない恋をした』6

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