恋愛小説『忘れたくない恋をした』19

★忘れたくない恋をした★19

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「友達を好きな男の子」麗菜の恋、中学3年生 ②

あたしは、割と冷静に自分を客観視できるタイプの人間だった。どれくらいテニスができなくて、それでも勉強ならやればこれくらいはできて、男の子の友達はたくさんいたけど、あたしを好きになってくれる子はほとんどいなくて。女の子の友達は、あたしが恋のライバルにはならないとみて、恋の相談をしてくること。

だから、自分が恋をしても、その恋が叶うかどうかなんて、相手と自分を比較して考えれば簡単に結論が出せた。そして、その恋を口に出してはいけないことも分かっていた。相手が悪い。本人に伝えることはおろか、友達に相談することさえ、恥ずかしくてできないとわかっていた。高望みだとバカにされるだけで、何のメリットもない。たとえ、あたしを目の前にそう言わなくても、自分のいないところで言い触れられる可能性がある。実際、その方が痛手を負うことは明らかだった。

芽衣に「塾に好きな人がいる」と伝えるか悩んでいた。これまでも、誰かを好きになったことがないわけじゃない。その度に、芽衣だけには伝えていたし、芽衣は相手の男の子のことを知らないのだから言ってもいいんじゃないかと思えた。

言ってしまいたかった。あたしも普通の女の子だったから。恋の楽しさを、楽しい毎日を、誰かに伝えたかった。

それでも、冷静なあたしは考えた。あたしたちの志望校はみんな同じ。今のレベルのまま頑張っていけば、全員受かることが考えられた。実際、そうなることを望んでいたし。だからこそ、芽衣に打ち明けることをためらっている間に夏休みになった。そして、そのまま芽衣が入塾した。

あたしの恋は、あたしの中に秘められたままになった。

 

芽衣は、昔から年上好きだった。好きな芸能人の話をしていたって、あたしがアイドルのかっこよさについて語っても、否定されることはないけれど、分かってもらえたことも1度もなかった。芽衣のかっこいいという芸能人は、いつだって渋い大人の男優だった。

芽衣は、勉強が得意だった。勉強だけじゃない、何をやらせてもいつも平均以上できる子だった。分からないことがあっても、先生にその都度尋ねに行く子なんかじゃない。そんなことは、あたしはよく分かっていた。授業以外の時間も塾に入り浸り、聞くことなんてないはずなのに、職員室にしょっちゅう行っては戻ってこない理由に、あたしはすぐに思い当たった。あたしがドタキャンされた映画に、芽衣が誰と行ったのか、全部分かっていた。

芽衣の親友だった。そして、あたしは吉村くんが好きだった。吉村くんを見ていれば、芽衣が冴えない講師を好きなことに気がついていない彼の気持ちも、全部分かった。

だから、芽衣にはあたしに言ってほしかった。幸せな恋を、楽しく打ち明けることのできない苦しさをあたしに分けてほしかった。そうしてくれていたら、私も芽衣に、吉村くんに恋をしていることを言えたかもしれない。

芽衣と吉村くんが仲良くしているのを見ているのは、正直つらかった。他の女の子が話しかけてもぶすっとしたままの彼の表情を知っていたからこそ、芽衣と話す楽しそうな彼の笑顔を見ては、何度も何度も芽衣に嫉妬した。それでも、芽衣の気持ちが彼にないことと、夏の日に自転車置き場でもらった彼の「大丈夫?」の言葉だけで、あたしはなんとか頑張れた。

そうして、芽衣から「話があるんだけど」と声をかけられた。

 

あの日は、塾がお休みだった。芽衣の家に呼ばれて、あたしは出かけて行った。多分、何を言われるのかは予想がついていた。

芽衣のお母さんが、紅茶を部屋に持ってきてくれるのを待って、芽衣は言った。
「実はね、好きな人がいるの」

すぐに、誰だか知っていると言ってあげればよかったんだ。言い出しにくいことは知っていた。あたしから歩み寄ってあげれば、芽衣はきっと、あたしに言い出せた。それなのに。

「吉村くんでしょ?」あたしは、意地悪をした。芽衣の机の上にあるCDに、目がとられたのだ。あれは、芽衣が吉村くんから借りて、返せなかったミスチルのCD。まだ中学生のあたしは、嫉妬心から親友に意地悪をしてしまった。

「吉村くん?」
芽衣は、驚いた表情で、そう繰り返した。意地悪なあたしは、ほらメールやりとりしてたみたいだし。楽しそうにいつも話してたし、CDだって貸し借りし合ってたでしょ?机の上に視線をやって、続けて言った。
「吉村くんも、芽衣とは楽しそうに話していたから、絶対両思いだよ」

そこからの芽衣の様子を思い出すと、今でも苦しくなる。芽衣は、しばらく黙ったあと言った。
「ごめん、今の忘れて。好きな人っていうか、気になってただけだし、自分で口に出してみたら、なんかまだよくわかんないなって思ったし。あはは。何言ってんだろ、私!」
言えない。本当は、誰のことが好きかなんて、言えない。芽衣の目は、そう言っていた。

吉村くんが、芽衣のことを好きだろうという言葉が決め手になったはずだ。優しい芽衣が、そう彼に思わせてしまって申し訳ないと思わないはずがないのだから。

そのあとのことは、よく覚えていない。ただ、気まずくなって、あたしの方は何も気づかないふりをして簡単に謝って、少しだけ普通の話をしたあと、別れたと思う。

それからしばらくして、芽衣から塾をやめると聞かされた。あたしは、何も気づかないふりを以前にしてしまった手前、理由は聞けなかった。
「そっか。まぁ、でも塾やめたって学校で会えるし!勉強頑張って、高校一緒に受かろうね!」
「もちろん!」
芽衣は、そう言って笑った。

あたしは、この時の芽衣の嘘には気がつけず、そのまま芽衣はあたしの前からいなくなった。

 

塾で、芽衣がやめることが発表された次の日、学校でも芽衣の転校が発表された。信じられない気持ちで、芽衣のロッカーを覗くと、中はすっかり空っぽになっていた。少しずつ荷物を持ち出していたのだろうか。空っぽのロッカーの前で、あたしの気持ちも空っぽになった。

塾に行くと、芽衣の話題で持ちきりだった。あたしと芽衣が仲良かったことを知っていた仲間たちからは、学校の友達と同様の質問をされた。
「麗菜は、知ってたの?」

あたしの答えは、イエスでありノーだった。やめることは知っていたけど、転校のことは知らなかった。塾をやめる理由も知らなかった、と。麗菜にも言ってくれなかったなんてひどいね、と言われる度に心が傷んだ。芽衣が言ってくれなかったんじゃない。あたしが、言わせてあげなかったんだ。

そんな風に、みんなが騒いでいる中でも、吉村くんは1人静かだった。芽衣に、好きだと言えなかったことを後悔していないの?と聞きたかった。

 

吉村くんと話がしたかった。彼が、授業が終わったとたんに帰ることは、前から知っていた。それもすごい速さで出て行くものだから、話しかけようと決めてからも、5日ほど失敗した。芽衣がやめてから2週間ほど経った頃、ようやくあたしは吉村くんより先に教室を出ることに成功した。

あの日と同じだな、と思った。こうして、自転車置き場で、彼を待っている。いや、あのときは待っていたわけではないけど、ここで彼とであった。静かな場所に足音が響く。彼が来た。

「お疲れさま」振り返りながら、言った。振り返る前から、その足音が彼のものだと分かっていた。

「お疲れさま」彼もそう応えた。
「ねぇ、吉村くん、知ってたんじゃない?」
「え」

一種の賭けだった。知らないと言われればそれまでで、そこで話が終われば、あたしはただの変な子に成り下がる。あの日の「大丈夫?」を、もう2度ともらえない子になってしまう。だから、そのあとの彼の表情を見てほっとした。

「何の話?」
変わりがないように努めているけど、動揺している表情だった。
「芽衣と、本木のこと」
「なんで?」
あぁ、やっぱり。

「やっぱり、知ってたんだね。やっぱり、吉村くんだったんだ」
「やっぱりって、どういう意味?」
「いきなり、ごめんね。でも、ここだと人が来ちゃうし、とりあえず帰らない?帰る道どっち?」
吉村くんの帰り道なら、知っていた。知っていて、知らないふりをした。吉村くんの気持ちは知っていたけど、自分の気持ちを知られたくなかった。

そのうち、後ろから何人かの生徒が出てきて、それがキッカケにあたしたちは帰りだした。それも、あたしの計算どおりだった。計算違いだったのは、彼があたしと前にこの自転車置き場でやりとりをしてのを覚えていないことだった。「ずっと一緒のクラスだったのに、帰りの時間が一緒になったの初めてだね」と言われたとき、あたしはショックで何も答えられなかった。

だけど、黙っている場合ではない。土手まで行ってから、あたしは話を切り出した。

関連:恋愛小説『忘れたくない恋をした』20

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