恋愛小説『忘れたくない恋をした』23
★忘れたくない恋をした★23
雄輔の恋(後編) ②
夜が冷える季節になった。「ベッドが窓際にあるから、最近夜が寒いんだよね」というメールに対して、「じゃあ、模様替えでもする?」と返信したのは、自然の流れだった。
週末、待ち合わせが都内の駅でないのは、初めてだった。土曜日の昼間、今までほとんど使ったことがなかった路線の電車に乗り込んだ。窓から見える風景が新鮮で、落ち着かなかった。駅に着く時間をメールで伝えると、「待ってるね」と、短い返信があった。階段を上がると、改札の向こうに夏海が見えた。家に着くまで、何を話したのか覚えていない。
駅から5分強歩いたところに、夏海の住むマンションがあった。女性専用のマンションらしく、門が二重になっていたり、女の子には過ごしやすそうなところだった。それでも、住民と一緒なら男性も簡単に入れるようで、実際エレベーターで別の住民と一緒になったが、特に変な反応はされなかった。
「どうぞ」
開かれたドアの向こうは、キレイに片付きこざっぱりとして、明るい部屋だった。ベッドにパソコンにテレビに、衣類を整理する棚。部屋の中は、思っていたよりも妙にドキドキした。音も会話もないと、静まり返った部屋の中で、2人の距離感を感じさせられるからなのだろうか。
「キレイだね」
緊張は見せないように、本音のうち、当たり障りのないことを告げた。
「そうかな、ものが少ないから片付いてるように見えるだけだよ」
夏海は、そう答えた。
「ちなみに、部屋の配置どう動かしたいとか、もう大体は決まってるの?」
「うーん、なんとなくは。だけど、実際そこに動かせるかどうかはわかんない。まだ、測ったりとかしてないから」
そういうわけで、俺たちは、2人してメジャーで家具を測るところから始めた。その長さをいくつかメモに書き出し、簡単に掃除をしながら実際に動かす作業に入ってからは、大体時間にして約1時間。俺たちは、黙々と作業をした。話し合いながら、物事を進める感じは、高校生のときの文化祭の準備のようで、作業が進めば進むほど、心が近づいていくような一体感を感じられた。
1時間後、たいした変化ではないけれど、無事に模様替えが終わった。夏海が、コーヒーを入れてくれている間、俺はベッドのへりに背をもたれてテレビを見ていた。1時間の作業の間に忘れていた緊張という感情が、またむくむくとわき始めた。初めての部屋の匂い、使い慣れていないクッションや座布団。なんとなく、リモコンですら長く触っていてはいけない気分になってすぐに手放し、また動かすこともできず、なぜこのチャンネルでとめてしまったんだろうと少し後悔した。
「はい」コーヒーをテーブルに置きながら、夏海が言った。
「本当に、ありがとう」
「いや、全然。良かったね、これで夜寒くないでしょ」
「うん」
コーヒーは1つしか用意されていなかった。
「水谷さん、飲まないの?」
「うん。あたし、なんか疲れちゃったから、ちょっとごろっとしてもいい?」
言うが早いか、夏海はベッドに横になった。こちらの気持ちも知らずになのか、少しイラっとするほどの無邪気さだった。おかげで、俺の緊張感はピークに達した。テレビの真正面に座る俺のすぐ後ろのベッドの上には、夏海がいる。落ち着かなくて当たり前だった。それでも、だからと言って逆に動くこともできず、俺は、ただひたすら自分の心臓の音が聞こえる時間をその場で過ごした。
「配置変えたから、横になってテレビ見れるようになったの嬉しいな」
「そっか、良かったね」
「うん、ありがとう」
短い会話のあと、しばらく無言が続いた。テレビの音があったから、それに集中しているふりをしてごまかすことができたけど、20分ほどしてたまらなくなり、夏海に声をかけた。
「水谷さん」
言いながら、振り向くと夏海は目を閉じて寝ていた。気持ちよさそうに眠る寝顔にかける言葉が見つからず、すぐに諦めた。まぁ、いいか。自然に起きるのを待とう。
番組が変わったから、それから30分くらいたったのだと思う。最初に時間を確認しなかったから、実際どのくらいの時間がたったのかは分からなかった。夏海が寝ているのを確認したあとは、ケータイをいじったり、相変わらずテレビを見たりして時間を過ごした。と、お手洗いに行きたくなった。ただ、何も言わずに女の子のお手洗い借りるのも気が引けた。自分が動いている段階で、夏海が目覚めるのも、なんとなく気まずい気がした。しょうがないので、声をかけることにした。お手洗いを借りて、今日はもうそろそろ帰ろう。
「水谷さん」
2度ほど、声をかけた。触れることはできなくて、振り向きながら、ただ声をかけた。夏海は、目を開けると言った。
「竜平」
彼女の頭の中にある「彼氏の名前」を呼んだようだった。
帰りの電車の中で、夏海の様子を思い出していた。言った直後、夏海は自分の声で完全に目が覚めたようだった。一瞬にして、「まずい」という顔になると、すぐに「ごめんなさい」と、泣きそうな声で謝ってきた。
どうせなら、間違えたことに気づかないでいてくれたらよかったのに。そしたら、気まずいこともなく、俺も聞こえなかったふりをし通すことができたのに。
「いいよ」俺は、言った。それしか、言う言葉が見つからなかった。ただ、一刻も早くそこから逃げ出したかった。夏海も、同じ気持ちだったと思う。帰ることを告げると、「そっか」とだけ言い、ベッドを降りた。俺は、お手洗いを借りるタイミングを完全に失い、「帰り道、もう覚えたからいいよ」とだけ言うと、荷物を持ってすぐに玄関に向かった。夏海は黙って、玄関までついてきた。靴を履いている間も、2人は無言だった。
「じゃあ」
「うん」
短い挨拶のあと、俺は部屋を出た。
夜、夏海から「ごめんなさい」とメールが入った。それから、もうすぐ1ヶ月がたとうとしていた。
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