恋愛小説『忘れたくない恋をした』1

一つが満たされると、二つ目を求める。
少し幸せになると、もっともっとと欲張りになる。
今を生きていると過去の想いを忘れてしまう。

かつての自分に感謝して、これからを生きていく恋愛小説です。

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恋愛小説『忘れたくない恋をした』1

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「だからさぁ、もっと優しい言い方できない?」

イライラがあふれる雄輔の声を聞いて、それまで抑えていた感情が爆発した。

「これは、あたしの普通の話し方ですけど。気に入らないなら、構わないでよ!」

ちらっと目に入る雄輔の顔から、力がふっと抜けるのが分かる。

あぁ、またやってしまった。

案の定、彼は何も言わずに店の出口の方へと歩いていった。

 

「はぁ…」

自動ドアが開き、彼が振り向かずに出て行ったことを確認すると、前に向き直った。

ドアの閉まる音を背中で聞くと、とたんに目頭が熱くなる。

いつもこうだ。

なぜだろう、なぜだろう。

後悔することは分かっていても、そのときは感情のままに言葉が口からあふれ出てきてしまう。

言い始めて開いた唇は、車と同じで急には止まれない。

それどころか、バックは機能にない。

 

戻るはずはないのに、どこかで期待してもう一度ドアの方に目を向ける。

いない。

少し離れたレジにいる店員が、こちらの様子を気にしていないのを確認すると、ほっとすると同時に涙がほほにつたってきた。

ぽたっと手に一粒落ちたところで、力強く本をにぎりしめていたことに気づく。

あわてて涙をぬぐうと、その結婚情報誌をもとあった位置に置いて、足早に店を出た。

もう、彼は見当たらない。

外はもう暗い。

寒いな。

 

夏生まれのせいか、冬の寒さって体に優しくなくてあんまり好きじゃないけど、この時間でも泣き顔がはっきり見えない暗さっていうのは、いいよね。

涙は止まらなかったけど、あたしは家に帰るために、駅に向かって歩き出した。

 

 

「うーん。つまり、あれだ。私が暇そうだから、呼び出したんでしょ?」

夜のファミレスに、心地よく美優の声が響く。

都心に近い住宅街のファミレスは、この時間だと昼間とは大違いで、人が少ない。

客は、あたしたちを含めて3組ほどしかいないようだ。

 

「ねぇ、もういい加減そんなつまんないことで呼び出すのやめてよ。確かに私は主婦だけどさ、主婦だって、年がら年中暇なわけじゃないの。分かる?」

「そんなこと、わかってるよぉ…」

ふてくされながら、言い返す。

「ストレスだって、たまる場所は会社以外にもたくさんあるわけ。近所付き合いとかさ、結構めんどうくさいんだよ。若いときみたいに笑ってごまかすこともできないし、会社みたいにまぁいつかやめる、なんてわけにいかないし…みんなおんなじだよ。イライラしたって、合コンとか行けない身分であることを考えると、主婦の方がストレス発散する場所って少なかったりするしさ」

明日も朝6時に起きて、仕事。

月曜日だからどこも多少は忙しい。

そういうことを考えないで、落ち着いて話を聞いてくれそうなのは、今夜のところ親友で専業主婦の美優くらいだった。

「そんな風にいわないでよ。だって、むかつくでしょ?結婚しようって言ってくれたと思ったのに、態度には何の変化もなし。結婚に向けて、対策とってる様子もなし。長いことあたしたちを見てきた美優にしか話分かってもらえないじゃん。しかもさ、いつだって恋愛の先輩だし!」

「頼られるのは嬉しいんだけどさ。夏海と雄輔くんのケンカって、話聞いてもいつもよくわかんないし、てゆーか、いちいちケンカすること?ちょっと子どもすぎるんじゃない?怒るエネルギーもっと他のところに使いなよ」

「ひどい!あたしだってケンカしたくてしてるんじゃないよ。だから、こうやって美優に話聞いてもらって落ち着こうと思ってるのにさぁ…」

「あぁ、ごめん。悪い、言いすぎたね。本当に、夏海は昔から感情がころころ変わりやすい子だわ。雄輔くんが苦労するのも分かるよ、私は」

「あぁ!そうやって雄輔の肩を持つ!みんな、そうやって…」

「あーはいはい。熱くならない、熱くならない。冗談です。で、何?結局、そのー、なんだ?何が原因?結婚情報誌を買おうとして、その幸せムードの中で、どうやったらケンカになるのよ?」

「だからぁ!」

言いかけて、ふっと目を左にそらす。

それから、右へ。

そして、前に戻して美優と目が合う。

あれ、確かになんでだったっけ?

 

「忘れたの?」と、呆れ声で美優。

「…」

何も言えない。

いや、違う。

何も言うもんか。

美優が続けて攻撃する。

ただし、声は優しい。

 

「わかる。わかるよ。けんかってさ、そのときはお互いに熱くなっちゃってるから、本当にちょっとしたことでも、戻れなくなることあるよね。だけどさ」

穏やかな説得、それは、まさに母の愛。

「夏海。2人はさ、結婚するんだよ?今までと違って、別れる!とか簡単に言えない関係になるんだよ?これから、ずっと2人なんだよ?」

「…分かってる」

「ふてくされないの。絶対に、雄輔くんが何も考えてないなんてことないから。私が保証する。夏海の今までの彼氏を見てきて、雄輔くんなら、夏海を任せても大丈夫って、私は心の底から自信を持って言えるよ。ほら、その前の前の、大学の時の、あの男とかサイテーだったでしょ?」

「うわっ!今更、そんな話持ち出さないでよ!」

途中まで感慨深い気持ちで美優の話を聞いていたあたしに、爆弾がとんできた。

彼女は今、タブーを口にした。

 

「それは、もう言わないって約束だったじゃん!あの頃の私は、まだ恋に恋してたっていうか・・・なんで、こんなときになって言うかなぁ」

ソファにぐったりともたれかかる。

きしっと奥の方が鳴って、カバーがずれた感覚がした。

いかにも、ファミレスのソファ。

学生時代に働いていたお店も、イスが動くってお客さんがよく文句を言ってたっけ。

人間って、そんなどうでもいいことばかり、いつまでも記憶してしまうんだよね。

 

「なんで、って。こんなときだからこそ、言うんだよ。夏海、いま幸せだって思えてないでしょ?夏海が昔の恋愛でトラウマになってること全部受け止めて、苦しくないように夏海に合わせて付き合ってくれてたんだよ、雄輔くん。分かってるよね?雄輔くんと、どんな思いで付き合ったか、どれだけ好きになったのか。彼が、どれだけ夏海を好きか。過去の恋愛でも振り返って考えてみたら?素直に人のことを好きって思う気持ち、思い出してみたら?」

「…」

 

美優は、こうやってあたしをことあるごとに前に進ませてくれた。

さばさばしているけど、その言葉使いには優しさが感じられる、本当に名前のとおり、美しい優しさを持ち合わせたあったかい子なんだよね。

そんなこと、恥ずかしくてどっちかの死に際にしか言う機会は作らないつもりだけど。

 

「分かった。じゃあ、あたしがすんなり思い出せるように美優のを先に教えてよ。美優の、そうだなぁ、純な純な、初恋の話でも聞かせてよ」

ずれたカバーを直すように、お尻がフィットする位置に座り直しながら、改めて顔を上げて美優を見る。

彼女は小さく「えっ?」と言葉をもらしたが、すぐに笑顔を見せた。

 

「いいよ。聞きたい?」

「あれ、なんか語尾に音符を感じる…美優、どうしたの?まさか、最近何かあった?やめてよ、結婚2年目っていっても、まだ新婚でしょ!」

あたしがあわてる。

あんな気の弱そうな美優の旦那さんに、心配かけることは酷すぎるもん。

いくら学生時代に数々の男を転がしていた美優の話をさんざん笑ったあたしでも、不倫はいくらなんでも冗談きつい。

やめられない3つの「お」のうち、結婚と同時に「お金」「お酒」以外の「オトコ」は卒業したはずだ。

 

「何もないよ!そうじゃなくて、私の初恋は、自分で言うのもなんだけど、ちょっと良い話なんだ。話したことなかったっけ?」

美優が恋愛の話でこんなに可愛い笑顔を見せたのは、高校の時に片思いしていた先輩に緊張しながら挨拶していた時と、今の旦那さんと出会ったばかりの頃、その2場面くらいしか思い出せない。

それ以外は、全部小悪魔の微笑みだったと思う。

 

「絶対、ない。あったら、覚えてるもん。ねぇ、聞かせて?」

関連恋愛小説『忘れたくない恋をした』2

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恋愛小説『忘れたくない恋をした』1” に対して2件のコメントがあります。

  1. たらのめ より:

    読みました!
    そしてこの写真は!?(゚д゚)!?

    1. saki0813 より:

      >たらのめさん
      あ、気付いちゃいましたか?笑

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