恋愛小説『忘れたくない恋をした』6

一つが満たされると、二つ目を求める。
少し幸せになると、もっともっとと欲張りになる。
今を生きていると過去の想いを忘れてしまう。

かつての自分に感謝して、これからを生きていく恋愛小説です。

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恋愛小説 『忘れたくない恋をした』6

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「梨菓、元気?」

明るいその声を聞いたとき、あぁ恋をしたんだなと私はすぐに気がついた。

もう、ここ3年も、こんなに明るい声を聞いた覚えはない。

 

「元気だよ。どうしたの?急に電話なんて」

「えへへ。テンションあがっちゃって、電話しちゃった!梨菓、どこか週末でお休みとれる日ない?会いたいなーと思って」

「お休みかぁ、じゃあちょっと確認してすぐメールするよ。来週か再来週あたり、どっちかお休みだった気がする」

「分かったぁ、待ってるね」

「ね、男でしょ」

「えー?会った時に話すよぉ!じゃあ、メール待ってるねぇ」

結局、次の週末に、千香子に会うために私は東京に行った。

 

待ち合わせが、チェーン店のカフェなんておかしいと思ったんだ。

待ち合わせ時間に到着すると、千香子はもうコーヒーを頼んで待っていた。

レジで注文すると、コーヒーを手渡しながら、店員さんが話しかけてきた。

 

「梨菓さん、ですよね?」

「え?」

「千香子から、聞いてます」

なるほどね、そういうこと。

 

千香子の幸せそうな顔を見るのは、久しぶりだった。

というより、ここ3年で会うのがそもそも久しぶりだった。

千香子の元カレは、3年前に亡くなっている。

いい男だった。

私のタイプではなかったけど、それでも何度も千香子をうらやましいと思ったくらい、大事にされていた。

私が、多分望んで1度もされたことのない彼女としての待遇を受けていた。

相手は、私が誘った飲み会で知り合った、私たちの大学の先輩だった。

3年前から、私たちはどう関わりあうべきか分からず、お互いになんとなく距離を開けていたような気がする。

 

一通り、馴れ初めを聞いた。

地元のカフェで仕事をしている時に、話しかけられたこと。

元カレとの付き合いを引きずっていて、恋はできないと伝えたこと。

それでも変わらずアプローチしてくる彼に、惹かれながら苦しんだこと。

会社の後輩の話を聞いて、ふと決心がついたこと。

「気が早いかもしれないけど、もしも結婚とか、そういうことになったら、梨菓、相談させてね」

 

結婚。

なぜだか、いつも同じようなタイミングで、それは話題になる。

 

とも兄が帰ってくる。

そう知ったのは、仕事場にとも兄の昔からの遊び友達がやってきたからだった。

ということは、いつもどおりケータイに連絡がきてるはずだなと思っていたから、仕事が終わってメールも着信もないと分かったときは、肩透かしをくらったような気分だった。

今まで、そんなことは1度もなかったのだ。

それでも、仕事終わり、そのままの足で、私はとも兄のアパートに向かった。

 

部屋には、電気がついていた。

半年に1回くらいしか使われないのに、部屋はずっと借りっぱなしで放置のとも兄の部屋を定期的に掃除しているのは、合鍵を持っている私。

外階段で2階に上がり、いつもどおりチャイムは鳴らさず鍵を差し込む。

ドアを引っ張ると、チェーンがそれを邪魔した。

開けたとたん、中の様子が変わったのが感じられる。

情事のにおいだ。

構わずに、中に向かって話しかける。

 

「とも兄?私だけど。なんで、チェーンなんてかけてるの?」

「梨菓。ちょっと、悪い。1回、しめて」

とも兄のあせる声が聞こえる。

なんだよ、別にこんなシーンに出くわすのは初めてのことじゃない。

慣れているのに。

ふてくされる気持ちもあったが、大人しくまたドアをしめる。

しばらく外で待たされると、ガチャガチャとドアが空き、下着だけ身に着けたとも兄が見えた。

 

「帰ってくるなら、連絡してよ。私だって、いつもいつも夜予定空けてるわけじゃないんだから」

ちょっと強がりだった。

こんな田舎暮らしで、夜に予定が入ることなど滅多にない。

ましてや、週末がお休みになるわけではないのだ。

不定期な休みの前日は、大抵TSUTAYAでDVDを借りて、1人で観たりするような生活だ。

華やかなアフター5は、いつの間にか卒業していた。

 

「ごめん。でも、今日は、ほら、梨菓と一緒に過ごす予定はないからさ」

遠慮がちな拒絶。

「え?」

「彼女と一緒だから」

「彼女と一緒だから、何かまずいの?」

「知哉?」

中から、女の声がする。

振り向きながら、とも兄が言う。

「ちょっと待って。すぐ、終わる!」

自分との会話をすぐ終わる、と言われるのは腹立たしいことだった。

「すぐ終わるって何よ?」

「梨菓、ちょっと声下げて。お願いだから」

言いながら、外に出てドアを閉めた。

「梨菓には、ちゃんと言おうと思ってたんだけど、今度は、俺、本気なんだ」

私は、すぐにその言葉を理解できない。

黙ったままでいると、とも兄は続けた。

「今度の彼女のこと、本気で好きなんだ。結婚しようと思ってる。そのことで、今回はわざわざ休みとって帰ってきたんだ。梨菓に、結婚式の仕事頼みたくて」

 

これが、半年前の出来事。

この半年の間に、とも兄はかつてないほどの頻度で地元に戻ってきた。

もちろん、結婚式の準備をするために。

私とは、仕事としてしか会うことはなく、そのときいつもとも兄の隣には、当たり前だけど結婚する未来の奥さんがいた。

私たちは終わったんだ、と思ったが、そのあとすぐにその思いを消し去った。

私たちは、そもそも始まってなかったんだ。

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