恋愛小説『忘れたくない恋をした』3

一つが満たされると、二つ目を求める。
少し幸せになると、もっともっとと欲張りになる。
今を生きていると過去の想いを忘れてしまう。

かつての自分に感謝して、これからを生きていく恋愛小説です。

関連:恋愛小説『忘れたくない恋をした』2

恋愛小説『忘れたくない恋をした』3

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「ふあぁ…」

眠い、死ぬほど眠い。

死ぬときに眠いのかどうかは知らないけど、とにかく眠い。

 

昨日は結局、ファミレスが閉店する深夜の2時まで美優と恋愛トークをしていた。

時間も忘れて恋の話をするなんて、いつぶりだったのだろう。

ただし、あたしの初恋話は何のストーリー性もなく、美優のもののように語れるようなことがなかったので、途中で遮断されたのだが。

 

「水谷さん」

ふいに声をかけられて、固まる。

水谷さん、それはあたし。

 

「はい!」

返事をしながら、後ろを振り返る。

「すごいあくび!昨日、遅くまで起きてたの?あー、分かった!彼氏といちゃいちゃしてたんでしょ。あんまり目立つあくびしてると、課長の機嫌損ねて残業になっちゃうんだからさ、ちゃんと真面目にやってるふりしようよ」

「はぁ…すみません」

甲高い声で勢いよく話されるせいで、睡眠不足の頭にがんがん響く。

2つ先輩の澤上さん。

仕事はできるんだけど、ちょっと変わっているせいで、もう1年も一緒に働いているのにいまだにつかめない。

 

「あれ、図星?彼氏いない先輩の前では、本当のこと言っちゃダメだよ。焼きもちやいて意地悪されちゃうよぉ」

「いや。その言葉聞いて否定するわけじゃないですけど、あたし、いま彼とうまくいってなくて。それで」

うまくいってない、と実際に口にするとなんだか気分が落ち込む。

やっぱりうまくいってないのかなぁ、私たち。

昨日は、本屋で別れたきり、連絡をとっていない。

 

「うまくいってない?水谷さん、カレと結婚するんだよね?…じゃあ遅くまでケンカしていたの?」

うわ、詮索好きなタイプか、めんどくさいな。

とっさにそう思う。

だって、気分の落ち込む話は、人にして楽しいものじゃない。

聞くほうも、楽しくないだろうに。

 

「確かに、婚約していますけど…。ちょっと色々あって、親友に話聞いてもらっていたら遅くなっちゃって」

「そっか。分かるわー、彼氏と色々あると大変だよね。うん。分かる、分かる」

「はぁ…」

いや、同意求めてないですよ。

あくびしていたあたしが言うことじゃないけど、あたしに構わず、お互い仕事しましょうよ。

 

「ねぇ、ランチ行かない?」

「え!だって、まだ12時まで20分もありますよ?」

「20分くらい早く出たってわかんないよ。おごるからさ、付き合ってよ!早く」

あたしが人に流されやすい性格だからいけないのか、物心ついたときから、周りには強気で強引な人が多い気がする。

タイミングよく課長が、ちょっと一服と言って席をたったすぐあと、あたしたちは早めのお昼に、財布とハンカチだけを持って営業室を出た。

 

「彼氏とうまくいってないって、大丈夫?婚約したとたんに、本来の姿が出る男っているらしいからねー。私の友達の元カレなんてね、それまでずっと黙ってた性癖を出してきたらしくてね…」

なんてことない会社のビルのカフェ。

なんでわざわざここ選ぶかな。

これじゃ、お昼休み前から堂々とさぼっているのが丸見えなんだけど…。

しかも澤上さん、声おっきい。

代わりに、あたしは体を小さくする。

 

「…でね、結局破局しちゃたんだってぇー。もうちょー大変でしょ?って、聞いてた?」

「はい、聞いてますよ。それくらい結婚って大変ってことですよね。それは分かっているんです。分かっているつもりなんです。でも、頭で理解していても、自分自身の言動がそれにおいつくのって結構大変で…」

間がある。

「そう…そうだよね。ごめんね、わあわあ言って。知ったような口聞いて」

さっきまでの勢いはどこへやら、急に澤上さんはしおらしくなった。

別にあたし、わあわあ言われたとは思ってないし、これ以上話すつもりもないんだけどな。

なんだろう、この変な感じ。

これまで普通の会話ですら、ほとんどしたことのない先輩なのに。

 

視線を感じた気がして、1時の方向を見る。

澤上さんの声がうるさいのか、さきほど注文を受けてくれた店員さんがこっちを見ていた。

目が合った。

まぁ、店員さんならいいか。

お客の中に、知り合いはいなさそうだ。

 

「ねぇ、聞いていいかな」

心なしか、澤上さんの声のトーンが落ちた。

「なんですか?」

「水谷さん、カレとは今どれくらい?」

「友達期間が長かったので…知り合ってから4年友達で、付き合い出してから更に3年、てとこです」

「3年かぁ…いい時期だね」

「いい時期?」

「婚約。いいタイミングでしたね、って」

「どういう意味ですか?」

話の流れに、あたしは置いていかれる。

 

「恋愛の賞味期限は3年、て言うじゃない?そんなことない、って思っていてもやっぱり恋には賞味期限があるの。消費期限じゃなくて、賞味期限なのが重要ね。そのあとも絶対ダメになるっていうわけじゃないんだけど、出来ればそこがいちばんいいっていうか」

「そう…ですかね」

何の話がしたくて、早めのランチに呼び出したのだろう。

あたしは、澤上さんの意図が読めないでいた。

甲高い声は変わらないが、話し方がずいぶんゆっくりになった。

まるで、自分で自分に言い聞かせているかのように。

本来の自分に戻っていくかのように。

 

「そうなの。昔、大学の教授に言われたんだ。講義でね。人はなぜ結婚するか、それは恋を愛として一生続けていくためだって。そのときの私は、はぁ?って、思ったよ。だってまだ、20そこそこだもん。恋は3年でダメになるから、その恋が大事なら、その間に結婚して、簡単にやめられない愛にしちゃいなさいって。そんなのまだ本気の恋も知らない若者が受け入れられるか、ってのよね。だけど、本気の恋が終わって気づくの。あぁ、先生の言っていたことは、色んな意味で間違いじゃなかったんだって」

 

澤上さんは、もはや、あたしが知っているいつものよくわからないけど仕事ができる先輩ではなくなっていた。

そしてあたしは、気が付くと口をはさむことも忘れて彼女の話に聞き入ってしまっていた。

関連:恋愛小説『忘れたくない恋をした』4

 

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