恋愛小説『忘れたくない恋をした』16
★忘れたくない恋をした★16
「始まりは、失恋」一紀の恋、中学3年生 ②
なんとなく気まずさに黙ったまま、少し遠回りだけど坂道を避けて、土手から帰ることにした。土手までくると、橋本が先に口を開いた。
「吉村くん、芽衣と仲良かったでしょ?」
「そうかな」
「メールしたり、CDの貸し借りとかしてたでしょ」
そんなことまで知ってるのか、と女のおしゃべりがうっとうしかった。黙ったままでいると、橋本が続けた。
「答えたくなかったら、全然いいんだけど。あたし、自分では芽衣と仲いいと思ってた。あたしがいるからって、芽衣もこの塾に決めて入ってきたしね。おんなじ高校行こうって一緒に勉強して、お互いの家にも行くことあった。それで、この秋あたりから芽衣が少し変わってきたことに気づいてたんだよね」
俺は、何を言っていいか分からずに、ただ無言で自転車を押した。手にあたる冷たい風が、指の神経を直接刺激しているのではないかと思うほど痛かった。
「服装が大人っぽくなって、塾から一緒に帰ろうとしなくなった。最初は特に気にならなくて、わかんなかったんだけど。そのうち、あぁ、恋したんだなって気が付いたの。なんで、って言われても困るけど、女同士って、仲いい子が恋するとなんとなーくわかるものなんだよね。でも、芽衣から言ってきてほしかったし、自分からは聞かないでおこって思って、観察だけするようにしてた」
「うん」
女の子の関係って、複雑なんだな。
「そうしてるうちに、吉村くんが目につくようになった。そういえば、芽衣と吉村くんって、いつからあんなふうに仲良く話をするようになったんだろって思って。あたし、芽衣の恋の相手は吉村くんだと勝手に思ってたんだ」
「そっか」
「それで、そんなことをほのめかして芽衣に聞いてみた。そしたら、好きな人がいるって言ってくれて。あたし、嬉しくて、吉村くんでしょ?って、芽衣に聞いたんだ。そしたら、芽衣すごい驚いた顔で、「吉村くん?」って繰り返して言ったあと、黙り込んだ。そのあとは、何を聞いても、ごめん、忘れて。好きな人っていうか、気になってただけだし、自分で口に出してみたら、なんかまだよくわかんないなって思ったし、って。ただ、ごまかすだけで。あたしまでなんか変な感じになっちゃって、簡単に謝って、なんか悪いこと言ったかなぁって気にしてた」
「・・・」
「ごめんね。べらべらしゃべって。もう、終わるから。しばらくして、吉村くんと芽衣、全然話さなくなったよね。芽衣の方が話しかけても、吉村くんの方が避けてる感じだった。芽衣、ふられちゃったのかなって、実は既に告白とかしてて、結論が出たからこうなったのかな。あたしが芽衣に聞いたタイミングがいけなかったのかな、とか、それ見てずっと考えてたんだ。でも、その話についてはあたしと芽衣がすることはなくって。ふられたんなら、話したくないだろうなって思ったから、触れないことにしてたの。そしたらある日、芽衣に塾やめるってゆわれたんだ」
「じゃあ、橋本も知ってたんだ?」
「それが、違うの。塾やめるとは聞いてたけど、理由は言ってこなかったし、転校の話なんて学校でもまったく出てなかった。だから、塾続けていられないほど失恋辛かったんだな、って勝手にそう思って、分かった、とだけ伝えたの。塾やめても、学校で会えるし、高校頑張って受かろうねって、あたし言ったんだよ」
少し、沈黙があった。
芽衣、もちろんって言って笑ったんだ、と言ったきり橋本は黙ってしまった。なぜだか分からないけど、泣きそうになっている橋本を元気づけなくちゃと思って、今度は俺が話し続ける番だった。とんちんかんだとは思うけど、友達だからこそ言えないことだったんじゃないかな、と口が開くと、友達ってこうだよな、俺もさ、友達とー…。そういえば、学校にこんな友達がいるんだけど・・・。そもそも、高校行ったらまた新しい友達ができて、今まで以上に色んなことが起こって。あっというまに大学受験とか迎えたりして、笑ったり泣いたり、毎日を楽しんでる間に、今度は、おばあちゃんになっちゃった、なんて自分の孫とのほほんとする日々になっちゃうのかもよ。あ、俺らが平和に暮らせる未来があるとも限らないしね。地球温暖化とかいきなり深刻になって、地球では暮らせないから、宇宙に行かなきゃいけないかも。しかもほら、なんか映画であったじゃん。宇宙に行くには抽選があって、たぶん全員は行けないんだ。
「ふふ」
はっと横を見ると、橋本は泣きながら笑ってた。
「何それ?今、話しながら考えた未来?」
「え?うん、そうだけど」
思った以上に低い声が出たけど、別に不機嫌になったわけではなかった。女の子の泣き顔に、少し動揺しただけで。
「吉村くんって、優しいんだね。…だから、人気あるのかな」
「…なんだよ、それ」
「ありがとう、ってこと」
泣き顔の橋本は、普段よりも更に微妙に感じられたけど、それでも、俺はあのときの橋本の顔を忘れないでいる。特別可愛いわけではないけど、見ていてこっちまで落ち着く、人の、救われた表情。
話を詳しく聞いてみると、笹原は橋本の勉強の面倒をよく見ていたらしい。分からないことはないか、いつも気にかけてもらって、しばらくすると丁寧に教えてくれた。それが、笹原が本木から得たアドバイスだとあとから気づいたことで、ショックを受けたらしかった。更に、その本木のことを本気で好きだった親友のことが受け入れられなかった。そのこと自体も悲しかったし、そんな小さな自分もいやだったんだ、と橋本は言った。
理解できることもあれば、理解できないこともあった。でも女同士の友情なんて、きっと俺には理解できないんだろう。ただ、俺たちは2人とも、この話を共有できる相手を見つけて嬉しかったんだ。自分たちの気持ちがうまく相手に伝わっているかどうかなんて、多分どうでもよかった。
自分が好きだった子の話を、恋が終わったあとにその友達から聞かされる。この切ない経験は、俺をある意味で強くさせた。橋本と俺のつながりも、ここから強くなっていった。
「吉村くんは、知ってたんでしょ?」
「笹原と、本木のこと?」
最初の質問の、確認。もう、今更隠すことではない。
「うん」正直に答えた。
「知ってたというか、2人を見かけたことがあった。それがどういうことかは、はっきりさせてはなかったけど、全く知らなくはなかったって感じかな」
「やっぱり、だから驚かなかったんだね」
「驚いたよ」
「ううん、芽衣がやめたって聞いたとき、それほど驚いてなかった。あたし、あの話が出たとたん、思わず吉村くんのこと見ちゃって。それから気にしてたんだから、知ってるよ。みんなが散々うわさ話してるときも、加わろうとしてなかったし」
そんな様子の俺まで、観察されてたのか。今更ながら、恥ずかしくなる。笹原の好きな人が俺だと思っていたと、さっき橋本は言った。俺の気持ちにも、気づいていたのだろうか。
「ねぇ、辛くなかった?」
「何が?」
「自分の好きな子が、オヤジ…本木、と付き合ったこと」
やっぱり。言い直してくれたのは橋本なりの気遣いだったんだろうけど、余計惨めになる。
「正直、きつかったよ」
「そっかぁ。だよねぇ。吉村くん、大人だね。動揺してる感じ、全然なかったもん」
そんなの、褒められるに値することでもなんでもない。自分がなるべく傷つかないように、周りに悟られないようにしていただけだし、そもそも橋本に気がつかれてたんだから、その努力も実ってないし。
「ただ、認めたくなかっただけだよ。そんな子を好きで、オヤジなんかに負けたってことを。自分が、本木よりも劣ってたってことを。でも、今はよかったって思ってる。ここで終われてよかったのかもって思ってる。多分、強がりじゃなく」
うん、強がりじゃないよ、きっと。橋本が、言った。
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「吉村のこと気遣ってたわけじゃなくて、あれから本当に芽衣とはずっと連絡とってなくてさ。この間話を聞くまでは、何してたか全然知らなかったんだけど。あれから、私立の高校行ってそのまま大学上がって、卒業してすぐ結婚してたんだって。本木のほうも、実家の方戻ってたけど、ほとぼり冷めてすぐこっち帰ってきて、別のとこで講師続けてたみたい」
「あー、そう」
俺が、女の子を素直に好きになれなくなった笹原との夏。もともと、笹原に悪気はまったくなかったわけだし、幸せになれてよかったな、と辛うじて思えた。吐き気は、おさまらないけど。
「てか、笑える話がひとつあってさ!」
「ん?」
「ねぇ、本木って40過ぎくらいに思ってなかった?」
「え、逆に、違ったの?」
「全然違った。当時、まだ27だって!だから、今まだ40前とか!」
ぎゃははは、と電話の向こうで下品に笑う橋本の声を聞きながら、俺は絶句した。子どもだった俺たちがいくら間違えて見積もっていたとしても、27歳にはとうてい見えなかった。橋本がひとしきり笑ったあと、沈黙がやってきた。
「それにしてもさ、懐かしいね。あたしが、まだ吉村くんって呼んでた、中学時代なんて。こんな昔の話から、今の自分の話まで共有できる男友達があたしにいるっていうのは、芽衣からのプレゼントだったのかも」
「何、センチになっちゃってんの」
苦笑しながら返したが、俺も、そう思っていた。踏み切りの音が、近づいてくる。
「いいじゃん、別に。本当に、そう思ったんだもん。って、いま駅?なんか、電車の音が聞こえるみたいだけど」
「そうそう。電車乗るつもりだったけど、タクシーに変更。15分後に、お金もってマンションの前出て待っててよ。俺、財布忘れちゃったから」
はぁ!?意味わかんないんだけど。女の子にお金借りる気?一気に声が大きくなった橋本の返事を無視して、続ける。
「明日、帰ったらすぐまた返しに行くよ」
「え、明日帰ったら?」
「うん。お前の部屋で、語り明かす土曜日もいいじゃん。人呼べる準備しといてよ」
電話の向こうで、橋本がえっ、と息を呑むのが伝わる。ふざけないで、と怒られたら出直すかと思っていると「分かった。でも、いま本当に何もないから、着いたら一緒にちょっと買出し行こ。じゃあ、15分後に」
女の子と会う前にこれほど緊張するのは、笹原に話しかけてたあの頃以来だな。駅前に止まっていたタクシーをつかまえて、行き先を告げる。
一番気を使わなくて済んだ、一緒にいるのが楽で楽しかった女の子。近くにいるのが当たり前で、意識することもなかった女の子。恋愛のドキドキとは違うのかもしれないけど、ずっと失いたくない関係だった女の子。
あいつは、俺にとって、最初からずっと女の子だったんだ。
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