恋愛小説『忘れたくない恋をした』13
★忘れたくない恋をした★13
「夏海」 祐輔の恋(前編)、 社会人1年目 ④
2時間の飲み会が終わっても、久々に会えた興奮はなかなか冷めず、会社の愚痴やらちょっとした自慢やら、話のネタも途切れることなく、なんとなく2次会の流れになった。実家暮らしの女が2人帰ったが、結局最初と変わらず12人でカラオケに入った。大人数用の部屋が空いていた。お手洗いに立つ者がいて、戻って入り口付近に座る、という繰り返しの作業が起こり、唐突に、且つ自然に、俺たちは隣同士になった。
「水谷さん、久しぶりだね」
「うん、渋谷で会って以来だね。元気にしてた?」
簡単に済ませられる会話が、あまりにも簡単に片付いた。何か話さなければいけない、と思う気持ちと、あのことに触れるべきか触れないべきか、という気持ちが同時に生まれた場合、大抵の人は、その触れるべきか触れないべきかの会話を、どうしても選んでしまう傾向がある気がしてならない。その時の俺も、もれなく、よりによって2つ目の話題でそれを選択してしまっていた。
「今日、北川来ないんだね」
しかも、遠まわしに。
夏海の返答が、ワンテンポ遅れた。そのちょっとした間は、2人の関係性をわかりやすく表していて、本当に苦しく感じられた。
「やっぱり、中野くんだったんだ」
「中野くん、だった」
俺が、自分のことを中野くんと呼んだのはふざけたわけではなく、夏海の俺に対する呼び方が「中野くん」だったことに寂しさを感じて思わず繰り返しただけだが、夏海はそんなことには気がつかない様子だった。
「そうかな、とは思ってたんだけど。わざわざ私から連絡するのも変かな、と思ってそのままだった。中野くんも連絡してくれなかったんだ」
「そりゃあ、あの2人を見たらできないでしょ」
「そっか、ごめん」
普通に答えたつもりだったけど、夏海は少ししゅんとしながら答えた。
「いや、謝ることじゃないよ」
「うん、それもそうだね」
二言・三言交わすと途切れる会話が苦しくて、俺はどうにもこの話題から抜け出すことができなかった。でも半分は、気になるからその話題からわざと抜け出さなかったのかもしれない。
「最近、連絡とってないの?」
夏海が、目をそらした。流行のアイドルの曲にマイクをとる男2人をまっすぐ見ながら、「別れてから、とってないかな」と答えた。もう、すべてを聞かなくては落ち着いていられない自分がいた。
そもそも夏海と原田が別れたのは、社会人になってまもなく、ゴールデンウィーク明けの5月頭だったらしい。理由は、聞かなかった。聞かなかったが、卒業してから別れるまでの2ヶ月弱はほとんど会っていなかったようだから、少しずつどこかですれ違っていったのかもしれない。
北川と連絡を取り始めたのは、そのすぐあと。夏海が別れたことをどこかから聞いて、連絡をしてきたとのことだった。俺が何よりも驚いたのは、実際そこだった。俺といちばん関わりのあった北川が、俺も今まで知らなかった夏海の話を、たまたま耳にする機会なんてあるだろうか。北川自身が気にかけていたからこそ、その話題を手に入れることができたのではないだろうか。だとしたら、確信して言える。あいつは、学生時代から夏海のことが好きだったんだ。
そう思うと、思いあたることがいくつもある。学生時代、北川が夏海を不憫に思っている発言をしていたのを、俺たちは何度も耳にしている。ただ、北川は周りの友達がつらい思いをしているのを人一倍放っておけないタイプだったから、俺たちはそこまで、その発言の意味を理解しようとしていなかった。でもすべてを知ったあとで考えてみたら、あれは他の人に対する発言とは温度が違うものだったんだ。
「水谷さんて、なんかかわいそうだよね」
「事実を知って一時的に悲しむのと、知らないまま幸せに過ごすのと、どっちが彼女にとって楽かなぁ」
「あの子、損してるよね。絶対」
「自分の気持ちに素直に生きてるだけなのに、報われないね」
「恋愛って、難しいね」
最後の言葉は、夏海に対してではなく、自分に言っていたのだろうか。
夏海も、弱っている時期だったのだろう。そんな夏海の姿を想像するだけで、今でも気が滅入る。自分が一生一緒にそばにいると信じてやまなかった相手が、4年という歳月の後、2ヶ月で関係が崩れて別れるに至った。
「あたしね、ずるいんだ」夏海は、そう言った。
「原田くんのこと、忘れられなかったのに。誰かに頼ってないと、毎日を乗り切れなかった。やさしい言葉をかけてくれる北川くんに、あの頃は甘えて一緒にいたんだ」
北川は、それでもよかったのだろう。でも、それだけじゃ良くなくなる日が、必ずくる。
「原田くんと別れてからも、1ヶ月くらいはあたしちょこちょこ連絡とって会ったりしてたの。だから、聞いてみたんだ。やり直せないかな?って」
俺は、何も口を挟まない。
「それはできない、そういわれた。もう、そんな風には見れないからって、はっきりと言われた。そういうことを期待してるなら、もう会わない、とまで。あたし、これまでの4年間ってなんだったのかなぁって、すごい悲しくなって。それからうちに帰る電車の中でも、ずーっと泣いてた。家に着いても涙がとまらなくて、何が目に入っても、彼のことを思い出して苦しかった。この姿を家族に見せないで済んだことだけが救いだなぁってぼんやり考えながら、ベッドに座ってた」
話を聞いている俺も苦しかった。
「誰かに聞いてほしくて、誰かと話がしたくて。メールを返す流れで、北川くんにその話をしたの。そしたら、電話がかかってきて」
―俺らって、どういう関係かな。
そう聞かれたらしい。
その言葉は、俺が知っている北川からは出てきそうもないものだった。そういえば、あいつは大学の4年間で彼女がいた時期はほとんどない。俺と同じ頃、3ヶ月くらい付き合った子がいたが、そのあとはずっとないはずだ。だから、俺たちはずっと一緒だった。俺たちは、みんな「恋愛」という言葉が似合わない連中だった。
「誰かに、そばにいてほしかった。誰かのそばにいたかった。ありがちすぎるけど、とにかくその想いが先行して、あたしたちは付き合った。なんで別れちゃったかは…きっと分かると思うんだけど」
「やっぱり好きになれなかった、とかそういうこと?」
BGMは、女性のバラードになっていた。この曲好き、とつぶやいたあと、夏海は続けた。
「そういう気持ちが、伝わっちゃったからかもしれないね。あたしは、好きになろうと努力していたし、大切にしてるつもりだったけど。でも、そういうのってそもそも努力すること自体がおかしいじゃない?努力しなきゃ好きになれないなんて、変だもんね。北川くんは本当にやさしかったけど、それでもいろんなところで、どうしても竜平と重ねて見てた。あたしの中で、彼氏の姿って、竜平しか知らなかったから」
「竜平ね…」
話している間に、「原田くん」から呼び捨てに戻っている。思い出の中の原田を、また探しているんだろうなと思った。
「北川くんから、別れようって言われたの。付き合って2ヶ月のとき」
「北川から言われたの?」
思わず、口を挟んだ。それは、意外なことだった。3ヶ月だけ付き合った彼女と別れるとき、自分の気持ちに気づいていながら、自分からは絶対に別れなんて切り出せないと言っていた北川。
傷つけたくないんだよな。俺から言い出さないことが傷つけないことになるかどうかはわかんないけど、他の方法も思い浮かばないんだ。
そう言って、あいつはさびしそうに笑ってた。
「そうだよ。北川くんって、営業で外回りじゃない?あたし、その日、お昼休みに会社の先輩たちとカフェのテラスでランチしてたんだ。それをたまたま外回り中に見かけたんだって。その日の夜に、急に電話でよびだされて。そんなこと今までになかったから、あたしも相当構えながら向かった。待ち合わせ場所に着いたとき、すごい真剣な顔であたしを見る目に、あたしすぐ思った。もうだめなんだなって」
「それで、そのときに言われたの?」
「うん。俺のこと本当に好きなのかなって聞かれて、あたしどう答えていいかわからなくて。本当にひどいと思うけど、とりあえず言葉だけでも好きだよっていうことすら、なんかできなかった。黙ってたら、困らせてごめん、別れよう、って。俺には、昼間見た夏海の楽しそうな笑顔、させてあげられないのかもって言って、ちょっと笑った」
「それ以来、音沙汰なし?」
「うん…。ちょうどこの会の話題が挙がった頃だったから、行くとか行かないとか話して、俺はどうせ用事があって行けないから、夏海は行ってきたら、って言われて。それだけ」
夏海、って呼んでたんだ。付き合ってたんだから、当たり前か。
2ヶ月の間に、夏海と北川が、彼氏と彼女として交わしただろう会話や、デートの内容なんかに思考を巡らせてみた。そして、付き合うことになってからの北川の気持ち。別れを切り出した、北川の考え。あいつは、いま何を思って過ごしてるんだろうか。あまりにも色んな想いが頭の中を交差して、俺はしばらくの間黙ってしまっていた。
「ごめんね」と、夏海が言った。
「何で?」
「反応しづらいこと話しちゃったよね」
「そんなことないよ。俺が、聞きたくて聞いただけだし」
「聞いてくれて、ありがとう。こういうと変かもしれないし、失礼かもしれないけど、ちょっとすっきりした。誰にも話さないつもりだったんだ、このクラスの人たちには」
瞬間、予防線をはられたな、そう思った。長く付き合っていた彼氏と別れて、そのあと、自分を好きだと言ってくれる人と付き合ったけどうまくいかなかった。その話を全部知っているやつと、このあとどんな展開で恋愛になるというのだ。俺は、対象外だと、そういうことか。
2次会が終わる頃には、少しずつ帰り始める連中がでてきた。そのままオールで3次会に向かうやつらもいたが、俺は、終電で帰るといって輪をさりげなく離れた。夏海がお手洗いに立っている間に、何も言わずに帰宅した。もう終電はなかったのに。
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電話が、鳴った。一紀が、慌ててテーブルの上のケータイを取る。
「雄輔、わりぃ!先輩だ…ちょっと出る!」
言うが早いか、通話ボタンを押し、急いで部屋を出て行く。もしもし、吉村です。お疲れさまです。
急に現実に引き戻されて、俺は恥ずかしくなった。一紀に夏海とのすべてを語っていることが、不思議でたまらなかった。
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