恋愛小説『忘れたくない恋をした』10
一つが満たされると、二つ目を求める。
少し幸せになると、もっともっとと欲張りになる。
今を生きていると過去の想いを忘れてしまう。
かつての自分に感謝して、これからを生きていく恋愛小説です。
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恋愛小説『忘れたくない恋をした』10
「夏海」 祐輔の恋(前編)、 社会人1年目 ①
夏海のことは、大学の入学式の次の日から知っていた。
俺たちが通っていた大学は、知名度のわりには大きくない。
ましてや、学部の中で2番目に小さい学科だったから、誰が言い出したのか分からないけど、懇親会をしようと、次の日に全体で飲み会があった。
未成年だろうって?
大学生にそういう繊細な心遣いは浮かんでこないもんなんだ。
もう時効でしょう。
多めに見ていただけると、ありがたいです。
多分、付属上がりの奴らが言い出したことだったんだろうけど、大学に入ったばかりで浮き足立ってたその時の俺たちには、誰が幹事だろうが、そんなことは関係なかった。
入学式で近くに座っていた2人と約束をして、駅近くのファーストフードで履修する授業を相談したあと、その飲み会に向かった。
待ち合わせ場所に行くと、既にたくさんの人がたまっていた。
みんな、まだそこまで親しくない仲間同士で浮いてしまわないように話す姿が同じで、滑稽な風景だった。
その中で、明らかに周りの男たちよりあかぬけて見える集団があった。
奴らは3人グループで、灰皿を囲いタバコを吸っていた。
1人はストリート系、1人はキレイめ。
最後の1人はカジュアルな気取らない服装で、男の俺から見ても一番格好良かった。
「小さな学科とはいえ、さすがに40人くらいで飲み会って大規模だよなぁ。こんな人数が入るお店あんのかな?」
「確かに。ていうか、なんか、みんなまとまってね?来るの1人じゃなくて良かったー」
一緒に来た2人も、話題にこそ出さなかったが、その3人に視線をとられながら話しているのが分かった。
男でもそうなのだから、女ならなおさらだ。
2人が、なんでもない事を話しているのをなんとなく聞きながら、きょろきょろ周りを見渡すと、斜め向かいに立っている女の集団の奴らの話をしている会話が耳に入ってきた。
「ねぇ、あの人たちすごい大人っぽくない?やっぱ、付属上がりかな?」
「あぁ、多分そうだよ。あたし、昨日別の学科の子たちとあの人たちが入学式で、久しぶりーとか話してるとこ見たもん!」
「ていうかさ、企画したのもあのへんなんじゃない?」
何気ない会話、何気ない視線。
でも、その目に、口調に、興味津々な態度がありありと感じられた。
「なんかさ…かっこいいね」
そこにいる誰もが思っていて、口にすべきかしないべきか悩んだであろう言葉をつぶやいた子がいた。
発言した女に、すべての視線が集中する。
「え!夏海ちゃん、ああいうのタイプ?」
「どれ?どれが、かっこいいの?」
水谷夏海、18歳。
集合場所の駅前で、一言「かっこいいね」と一番につぶやいた効果は絶大だった。
夏海は、他の女の子に後ろだてされて、1次会の間中、奴ら3人のテーブルで真っ赤になりながら話をしていた。
真っ赤だったのは、慣れないお酒を飲んでいたこともあるだろうけど、大きな理由はカジュアル男のようだった。
夏海が一歩リードしている姿を、妬ましげに観察している女たちもいれば、夏海の応援をしていると見せかけて、他の2人に自分をアピールしている女たちもたくさんいた。
夏海がカジュアル男との仲を他の女にジャマされなかったのは、カジュアル男の方も、夏海に対してまんざらじゃなさそうな態度をとっていたからだった。
誰が見ても、2人はいい感じだった。
1次会で帰宅した俺は、休み明けの学校で、夏海が2次会でつぶれてカジュアル男の家に行き、そのまま付き合ったというような話を知った。
小さな組織の中の話だ。
学科中の誰もが、水谷夏海と、原田竜平の名前を、その日のうちに覚えたと思う。
原田は、案の定付属の出身で、高校時代には、学校のミスターコンテストで優勝しているような男だったらしい。
原田の周りにいる友達が、お兄系だったりいかつい系だったりする中で、原田はくったくのない笑顔が似合う、万人受けのする容姿だった。
大教室の後ろの席で、カフェテリアで、空き教室の隅で、外のベンチで。
いたるところで、夏海と原田が、婉曲にいうと仲良くしているところをよく見かけた。
直視できないことの方が多いくらい、2人の相思相愛ぶりを感じた。
ある日は、ダブルデートのようなメンバーで。
ある日は、付属生たちの集まりの中に夏海の紅一点。
とにかく、2人はいつも一緒にいるようだった。
その頃から、俺が夏海のことを気にして、ずっと見ていたんじゃないかと思われそうだけど、強がりではなく、本当にそうではない。
その時の俺はまだ、夏海に興味がなかった。
興味がないというと冷たそうだけど、学科で一番有名なカップルの女の子のことを、特に恋愛対象として意識したことは一度もなかった。
その証拠に、実は俺も、例の飲み会がキッカケで仲良くなった女の子と、6月には付き合っていたのだから。
とにかく、やつらは目立つ種族だったんだ。
気にしようとしなくても目に入ってくる、そういう存在だった。
「ねぇ、水谷夏海ちゃんっているじゃん?あの子って、実際どうなの?」
「どうって?」
大学生の、長い長い夏休み。
そもそも大学生活自体が毎日休みのようなものなのに、2ヶ月も学校から解放されるなんて、少し前まで高校生で部活しばりの生活をしていた俺にとっては、逆に居心地が悪かった。
友達と飲みに行くか、とりあえずバイトしてみるか。
彼女とだらだら過ごすか。
実家暮らしの俺にとって、彼女が1人暮らしというのは本当に都合が良かった。
休みに入ると、合鍵というアイテムを手にした俺は、外出しなくていい時間のほとんどをそこで過ごしていた。
「どうって…どういう子なのかなって思って。なんか、竜平と合う感じの子じゃないような気がするんだよね。そんなことない?」
「逆に、原田ってどんな感じなの?俺は2人が合ってるように感じてたから、俺と絵理の原田に対するイメージが、違うのかも」
原田は、絵理、当時の俺の彼女と同じクラスだった。
そして俺は、夏海と同じクラスだった。
すごい偶然のように思えるかもしれないけど、クラスは2つしかないので。
「んー…竜平は誰とでも仲良くできる、にぎやかな感じ。とにかく、すっごい良いやつなんだよね、竜平って。だからさぁ、あんまり噂とかで広めたくないんだけど…」
「なんか噂あんの?」
「噂っていうか…まだ、よくわかんないんだけど…」
「なんか気になる言い方だな」
「雄輔、誰にも言わない?」
「言わないよ。俺、別に水谷さんと仲良くないし」
「絶対、絶対誰にもだよ?…なんかさ、竜平、遊んでるっぽいんだよね」
「遊んでる?」
原田と夏海が、仲良さそうに一緒にいる姿を俺は何度も見ている。
いや、俺だけじゃない。
学科中の人間が、目撃しているはずだ。
絵理と2人でいるときだって、よく遭遇した。
「うん。夏海ちゃんだけじゃないんじゃないかって、周りが言ってる」
「いや、でも、あの2人が付き合ってることってみんな知ってるじゃん。学科中で、知らないやついないでしょ」
「だから、噂なの。でも、2人が付き合ってること知ってて関係してる女の子もいるんじゃないかって話」
「何それ?何を根拠にそんな話が?」
「うちのクラスの子が、見ちゃったって言ってるの。その友達、竜平と同じマンションに住んでるんだけど、見たことない女の子がオートロックのとこで押してた部屋番号が、竜平のとこだった気がするって」
「気がするって…気がするだけなんじゃないの?っていうか、人が押してる部屋番号まで確認する奴とかいんの?それも怖ぇな。」
「やっぱり、そう思う?私の勘だけど、多分それ言ってた女の子も竜平のこと好きなんだよね。だって、わざわざマンション引っ越したんだよ?本人は、竜平がいるからって理由なんかじゃないって否定してるけど、話してる間もすごい竜平の話題が出てくるし」
「ふーん…じゃあ、尚更勘違いかもよ」
男の俺が彼女に聞かされて、楽しい話ではない。
「うん、私もそう思ったんだけど。竜平、本当にいい奴だから、そんなこと噂されてるの可哀相じゃん」
どうやら絵理の心配は、夏海ではなく原田にあるようだった。
それが伝わるとなんとなくイライラして、俺は話を打ち切った。
「まぁ、関係ないじゃん。俺らには。噂は噂だし。どうでもいいよ」
そうだよね、と言いかけた絵理の言葉を口でふさいだ。
若かった。