恋愛小説『忘れたくない恋をした』20
★忘れたくない恋をした★20
「友達を好きな男の子」麗菜の恋、中学3年生 ③
「吉村くん、芽衣と仲良かったでしょ?」
「そうかな」
「メールしたり、CDの貸し借りとかしてたでしょ」
返事が、ない。
「答えたくなかったら、全然いいんだけど。あたし、自分では芽衣と仲いいと思ってた。あたしがいるからって、芽衣もこの塾に決めて入ってきたしね。おんなじ高校行こうって一緒に勉強して、お互いの家にも行くことあった。それで、この秋あたりから芽衣が少し変わってきたことに気づいてたんだよね」
まだ、何も返事がない。
「服装が大人っぽくなって、塾から一緒に帰ろうとしなくなった。最初は特に気にならなくて、わかんなかったんだけど。そのうち、あぁ、恋したんだなって気が付いたの。なんで、って言われても困るけど、女同士って、仲いい子が恋するとなんとなーくわかるものなんだよね。でも、芽衣から言ってきてほしかったし、自分からは聞かないでおこって思って、観察だけするようにしてた」
少しだけ、嘘が混じる。
「うん」
大丈夫だ、ちゃんと聞いてくれている。
「そうしてるうちに、吉村くんが目につくようになった。そういえば、芽衣と吉村くんって、いつからあんなふうに仲良く話をするようになったんだろって思って。あたし、芽衣の恋の相手は吉村くんだと勝手に思ってたんだ」
「そっか」
ごめんね。嘘ついて、ごめんね。
「それで、そんなことをほのめかして芽衣に聞いてみた。そしたら、好きな人がいるって言ってくれて。あたし、嬉しくて、吉村くんでしょ?って、芽衣に聞いたんだ。そしたら、芽衣すごい驚いた顔で、「吉村くん?」って繰り返して言ったあと、黙り込んだ。そのあとは、何を聞いても、ごめん、忘れて。好きな人っていうか、気になってただけだし、自分で口に出してみたら、なんかまだよくわかんないなって思ったし、って。ただ、ごまかすだけで。あたしまでなんか変な感じになっちゃって、簡単に謝って、なんか悪いこと言ったかなぁって気にしてた」
ごめんね。吉村くん。…芽衣。
「ごめんね。べらべらしゃべって。もう、終わるから。しばらくして、吉村くんと芽衣全然話さなくなったよね。芽衣の方が話しかけても、吉村くんの方が避けてる感じだった。芽衣、ふられちゃったのかなって、実は既に告白とかしてて、結論が出たからこうなったのかな。あたしが芽衣に聞いたタイミングがいけなかったのかな、とか、それ見てずっと考えてたんだ。でも、その話についてはあたしと芽衣がすることはなくって。ふられたんなら、話したくないだろうなって思ったから、触れないことにしてたの。そしたらある日、芽衣に塾やめるってゆわれたんだ」
ごめんね。もう、終わるから。
「じゃあ、橋本も知ってたんだ?」
「それが、違うの。塾やめるとは聞いてたけど、理由は言ってこなかったし、転校の話なんて学校でもまったく出てなかった。だから、塾続けていられないほど失恋辛かったんだな、って勝手にそう思って、分かった、とだけ伝えたの。塾やめても、学校で会えるし、高校頑張って受かろうねって、あたし言ったんだよ。…芽衣、もちろんって言って笑ったんだ」
言って、泣きそうになった。あたしが、ちゃんと聞いてあげられたら、転校は免れなかったとしても、その前にあたしに伝えてくれただろうか?親友だったのに。あたしは、自分のことも伝えられず、彼女の話を聞いてあげることもできなかった。そして、バラバラになった。それ以上、何かを話すと泣きそうであたしは黙った。
「友達だからこそ」吉村くんが、言った。
「友達だからこそ、言えないことだったんじゃないかな。友達ってー…」
それは、彼がくれた「大丈夫?」と同じように、あたしに魔法をかけた。
「何それ?今、話しながら考えた未来?」
聞きながら、涙が出た。ついに泣き出したあたしを見て、困ったようではあったけど、吉村くんは普通に対応してくれた。
「え?うん、そうだけど」
こんな面があったんだ。ますます、彼に惹かれる想いだった。
「吉村くんって、優しいんだね。…だから、人気あるのかな」
「…なんだよ、それ」
「ありがとう、ってこと」
あのときのあたしは、どんな顔をしていたんだろう。長いこと、見つめられている気がして、とても恥ずかしかった。
それから、あたしは彼と話がしたい一心で、芽衣との出来事をあたしの嘘に重ねながら語った。芽衣が、よく勉強を教えてくれたこと。それは多分、本木のアドバイスだっただろうということ。でも、あたしは芽衣が本木を好きでも、全然よかったんだ。誰かを好きでいて、幸せなら、それでいい。
ただ、吉村くんと1つの話題を共有するには、彼の気持ちとあたしの気持ちが同じだったということにする必要があった。
「吉村くんは、知ってたんでしょ?」
もう1度、確認した。
「笹原と、本木のこと?」
「うん」
「知ってたというか、2人を見かけたことがあった。それがどういうことかは、はっきりさせてはなかったけど、全く知らなくはなかったって感じかな」
「やっぱり、だから驚かなかったんだね」
「驚いたよ」
「ううん、芽衣がやめたって聞いたとき、それほど驚いてなかった。あたし、あの話が出たとたん、思わず吉村くんのこと見ちゃって。それから気にしてたんだから、知ってるよ。みんなが散々うわさ話してるときも、加わろうとしてなかったし」
そんなことまで見られていたのか、と気持ち悪がられるかと思ったけど、彼は何も答えなかった。
あたしは、最後に聞いた。
「ねぇ、辛くなかった?」
「何が?」
「自分の好きな子が、オヤジ…本木、と付き合ったこと」
「正直、きつかったよ」
「そっかぁ。だよねぇ。吉村くん、大人だね。動揺してる感じ、全然なかったもん」
「ただ、認めたくなかっただけだよ。そんな子を好きで、オヤジなんかに負けたってことを。自分が、本木よりも劣ってたってことを。でも、今はよかったって思ってる。ここで終われてよかったのかもって思ってる。多分、強がりじゃなく」
「うん、強がりじゃないよ、きっと」
あたしが、本当に聞きたかったのは「好きな人に、好きって伝えられなくて後悔してない?」だったのに。
たった1度、吉村くんと話ができればいい。それだけだったのに、あたしたちは思った以上に仲良くなった。女の子が苦手だと思っていたけど、話しているうちに、自分のことを好いてアピールしてくる女の子が苦手なのだということが分かった。芽衣は、そうではなかったからこそ気になった、と。
そんなことを言われて、あたしは自分の気持ちを言えるはずがなかった。彼に対する気持ちは、芽衣との思い出とともにしまいこんだ。彼の、一番の女友達になれるように努力した。それでしか、彼のそばにいられなかったから。
そうして、あたしも人並みに恋をして、成長した。吉村も、ある程度女の子と付き合ったりはしていたけど、あたしとの関係を壊さずにいつまでも仲良くしてくれていた。
大学生になって付き合った彼は、とても優しい人だった。ある意味で、優柔不断でもあったのだけど。そんな彼と別れて、彼の結婚が決まった。確かに、あたしは彼と結婚してもいいかなと思ったこともあったし、学生のときはよくそういう話をしていた。そのタイミングで向こうは全然乗り気じゃなかったくせに、別れてからやりなおせないかと言われたかと思えば、断った1週間後には、幼馴染との結婚を決められた。
結婚が決まったといえば、単純だけどこちらもあせる。しなくていいと思った相手だったけれど、失うととても自分が惨めに感じられた。引き止めなくてよかったのだろうか。正しい決断だったのだろうか。
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「でもさ、気持ちが一瞬分からなかったにしろ、最終的に後悔してないって言い切れるようになったんなら良かったじゃん。結婚しなくて。イライラしてる時間ももったいないし、早いとこ他にいい男見つけろ」
吉村は、いつも前を見てる。芽衣の話題を出しても、もう笑い話だ。
「それにしてもさ、懐かしいね。あたしが、まだ吉村くんって呼んでた、中学時代なんて。こんな昔の話から、今の自分の話まで共有できる男友達があたしにいるっていうのは、芽衣からのプレゼントだったのかも」
「何、センチになっちゃってんの」
軽く笑い飛ばしてもらう方が、気持ちが楽だ。でも、あたしは、心から思っている。芽衣、あたしは何もしてあげられなかったのに、ありがとう。
電話の向こうから、踏み切りの音が聞こえるような気がする。やたらと騒がしい。
「いいじゃん、別に。本当に、そう思ったんだもん。って、いま駅?なんか、電車の音が聞こえるみたいだけど」
「そうそう。電車乗るつもりだったけど、タクシーに変更。15分後に、お金もってマンションの前出て待っててよ。俺、財布忘れちゃったから」
「はぁ!?意味わかんないんだけど。女の子にお金借りる気?」
むかつくのも事実だけど、こういうやりとりが心地よくてたまらない。一生、友達でいいから、彼とこんなふうにできたらいいのに。
「明日、帰ったらすぐまた返しに行くよ」
「え、明日帰ったら?」
「うん。お前の部屋で、語り明かす土曜日もいいじゃん。人呼べる準備しといてよ」
「えっ」
それって、うちに泊まるってこと?ばかにしないでよ、ふざけてるの?聞きたいことはたくさんあったけど、あたしは考えた。もう、中学生じゃない。
「分かった。でも、いま本当に何もないから、着いたら一緒にちょっと買出し行こ。じゃあ、15分後に」
一生友達なんて、絶対に無理だ。後悔しないなんて、あたしには無理だ。芽衣の親友でいてあげられなかったこと。あのとき、一生友達なんて選択をしないで、自分の気持ちを伝えたかったこと。
どうなるかなんて分からなくても、自分の気持ちに素直にならなければ、あたしは一生後悔し続けるんだ。
ねぇ、芽衣。この週末が終わったら、会えないかなぁ?今だからできる話がたくさんあると思うんだ。いつかは、笑い話になるって、本当なんだね。
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